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忠清北道には、小白山脈と車嶺山脈があります。

一つの地理区として形成されており、西経は丘陵地と平野が広がり、若干開放的な南高北低の地形だ。慶北と全北を境にした小白山脈は、壮年期地形の山地として比較的険しい山々が連なっている。

忠清北道は韓半島の中央部に位置する内陸道だ。忠清北道は、韓国で唯一海に面していない内陸の道であり、海と最も近い地点の鎮川郡栢谷面西端に位置する瑞雲山も、忠清南道牙山湾の防波堤までの距離がおよそ47kmにも及ぶ。


このように、隔海度の高い忠清北道は北東に太白山脈、東に小白山脈、北西には車嶺山脈に囲まれた巨大な盆地を形成しているため、韓国では珍しい大陸性気候の特徴を現している。例を挙げれば、北に位置する忠州はソウルに比べ1月平均気温が2℃ほど低く、堤川は3℃まで低い。南に位置する秋風嶺は同じ緯度線上にある浦項よりも2℃も低い。それだけでなく、東の境界地域は険しい地形を持つ太白山脈と小白山脈がくっついているため、江原道地方と同じ畑作中心の農業景観を現している。それにより、道民の気質は温厚純朴で忠孝の精神が溢れていた。


しかし近年、鉄道や道路などの交通手段と電信電話などの通信施設が大きく拡充され、道内の至る所に巨大な工場が建設され始めに従い、純粋ながらも剛直で、温順ながらも進取的な忠清北道の道民性が成熟してきている。朝鮮時代に鴨綠江と豆満江流域の経略が成功し、これらの地域が我々の領土に収復されるまでは安寿から永興にいたる線が国境線だった時、韓国の中心地点は忠州だった。即ち、忠州から安寿まで360km、永興まで300km、釜山浦まで250km、木浦までは280kmになる。そのため中原又は忠州という地名に誇りを持ち、韓半島の中央を象徴する国宝6号に指定されている中央塔が忠州市中央塔面(可金面)に位置している。


忠清北道は独自な特性を維持しながらも、周辺地域と密接した関係を結んでいる。北は京畿道と江原道、東は慶尚北道、西は忠清南道、南は全羅北道の間に自然的な境界を成していて、周囲と独立した地理区を形成している。しかし、忠清南道との間は錦江を境にしており、昔から錦江は東西間に交錯を促進させる役割をし、広々した平野を灌漑してきたことにより、忠清北道と分離する作用はせずにむしろ両道は同質の地域性を形成してきた。


忠清南・北の両道を同一の地理区としてみると、清州、洪州、大田は地域的に中心地であると同時に政治、経済、文化の中心地として同一文化圏を形成している。北側の京畿道との境は車嶺山脈が横に走っているが低山性の地形により交通の妨げになることなく、昔から中部文化圏の中で成長、発達してきた。東側を塞いでいる小白山脈は大昔から百済と新羅間の国境線であっただけでなく、韓国の中部、嶺南、湖南文化圏の分水嶺を形成した。しかし、1900年代初頭、京釜線と中央線鉄道が開通し、続く湖南線鉄道の完工によって、地形的障壁が崩れ始めた。1970年7月に歴史的な京釜高速道路の開通と共に中部高速道路、中部内陸高速道路、中央高速道路、湖南高速道路、嶺東高速道路の完工によって小白山脈の障壁は完全に崩れ去り、両湖南地方とは一日生活圏に入るようになった。


合わせて、忠清北道は国土の中心に位置し、国家均衡発展と国民大統合を成すことのできる最適地として、1997年4月28日開港した清州国際空港と韓国唯一の高速鉄道の分岐駅であるKTX五松駅がその中心から核心的な役割を果たすことに注目が集まっている。